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どこからか烏の鳴き声が聞こえてくる、淡い橙色の空。

夕暮れ時、近くの川原を何気なく散歩する。暑い陽射しが照りつけていた日中と打って変わり、涼しいこの時間が薫は好きだった。

さらさらに乾いた地面を一歩一歩、ゆっくり踏みしめる。静かな川の流れの音とともに、虫たちの声が草むらから響いてくる。

頬に当たる初秋の風が気持ち良い。


もっとも、薫がこの時間のこの散歩が好きな理由は、もう一つあって・・・。

「今日の出稽古はどうでござった?」

自分より少し前を歩く想い人が、ちらりと振り返りながら尋ねてきた。彼は尋ねながら、喋りやすいようにと、薫の斜め前に足を進めた。

「そうね~、今日はね、・・・・・」

歩きながら、見えるようになった彼の横顔に、今日あった出来事を手振りを付けてあれこれ話す。

そう、この時間を、想い人である剣心と一緒に過ごすことが、薫がもっとも楽しみにしている理由の一つなのだ。
縁との戦いが終わり、神谷道場に帰って来て、道場の再建、復興やらで忙しい毎日ではあるが、穏やかな日々が戻ってきたことは事実。
はじめは、薫が剣心を散歩に誘うことが多かったが、近頃は剣心が薫に声を掛ける事が日課のようになっていた。
今まで剣心は、あまり自分から自己主張することが無くどこか内向的だったように思う。それは旅立って行ったあの仲間達にでさえも、どこか距離を置いていて…。
その彼の何気ないこの変化を、少しずつ気づき始めた薫は、口にはしないものの、内心とても嬉しかった。今のこの話題を切り出したのも、剣心だ。

(剣心も、なんとなく心を開いてくれているってことなのかなぁ)

しかし、彼のこの変化には、他に別の慕情も入り混じっていることに、色恋沙汰に鈍感な薫が気づいているのか、いないのか・・・。

          それは薫に対する・・・ 薫だけに対するもの・・・。

「……でね!そこで小松君がね、こう言ったのよ!………」

それまで前を向いたまま相槌を打っていた剣心が、急に振り向く。剣心の横顔を見ながら喋っていた薫は、急に彼と目が合った。その事で自分の胸が高鳴ったことに少し慌てる。

「……その小松とやら言う御仁は、この間も相手になったと聞いたが?」

「え…、う、うん。面白い人だと思わない?」

どこか声色が低くなっているようにも感じるが、話に興味を持ったらしい剣心に合わせることに必死な薫。慌てつつも、にこにこと問う。しかし、剣心はその質問には答えず再び前を向いて歩き出す。

「よく声を掛けてくるのでござるか?」

「え…?ん~…そう言えば、そう…かも。いつも面白い話をしてくれるのよ。」

(ふふ。剣心が小松君にこんなに興味を持つだなんて…。でも、小松君って面白いものね。)


「あら?剣心さん!」

気がつくと、前方から群青色の着物に身を包んだ女の人が手を振りながら歩いて来た。

「これはこれは、おみよ殿」

剣心がにこやかに挨拶したことに、薫も慌てて近づいてくる女を見る。
八百屋のおみよだ。薫はあまり面識が無かったが、剣心は買い物に出かけた際に、度々縁があるようだった。
町では別嬪だと評判があり、さらには・・・

(この人がおみよさん・・・。確か妙さんが、剣心に想いを寄せているかもしれへんよって言ってたっけ・・・。)

そんな噂を思い出しているうちにも、おみよは微笑みながら剣心に近づき、何やら談笑を持ちかけている。当の剣心は、いつもと変わらない笑顔でおみよの話を聞いている。
そんな二人を目の前にして、疎外感を感じずにはいられない。薫の顔がだんだんと膨れっ面になってきた時。


「薫さん?」

 

名を呼ばれて後ろを振り向けば、今し方話題にもなっていたあの男が立っていた。

「小松君っ!」

薫のその声に、剣心が振り向く。

「今帰り?どうしたの、その汗!急いでいるの??」
薫は小松に駆け寄った。


「ええ。薫さんが見えたものですから、走って…」    「薫」

おみよと話し込んでいたはずの剣心が、いつの間にか薫の隣まで来ていた。
『薫』と呼ばれた事に驚く間も無く、薫の手に剣心が指を絡めてきた。

「けっ、けんしん?!」

「小松殿…と申したな。」

薫が絡められた手と、剣心の横顔とを交互に見つつ頬を染める。その剣心の横顔は真剣で。さっきの‘薫’と呼び捨てにされた事といい、この絡められている手といい、まるで、何かの魔法にかかったようだ。

「薫から、いつも話は聞かせてもらっているでござるよ。」

「は、はいっ!」

淡々とそう言ってのけた剣心に、小松が慌てて返事をする。


「薫、そろそろ帰ろうか。」

剣心が格別の笑顔を薫に向けた。


二人が手を繋いでもと来た道を帰る様子を眺めながら、残されたおみよと小松は、唖然と佇んでいた。

 

まるで魔法にかかったように。









_________________
あとがき。

薫も剣心もおみよも小松もあなたもあたしもみんなみーーーーんな、魔法にかかってるのよ~ん

ってことを題材にしたかったのですがっ・・・・がっ・・・・(笑)

もっと薫が魔法にかかってる事を表現したかったです。


とにかく、恋をすると、みんな魔法にかかります。ということで

(笑)

 

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