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「え?!お前、本気かよ?!」
青い夜の闇の中、前川道場から響いてきた数人の男の声。
あまりにも大きすぎる、いや、ぴたりと揃いすぎているその声に、周りで防具を片付けていた者達が一斉に振り返る。その中に、薫や弥彦の姿も在ることに、声の主達はますます慌てた様子を見せた。そう、今日は神谷活心流の薫や弥彦が出稽古に来ていたのだ。
「お、おいっ、長山!お前その話・・・本気かよ?」
さっきより声のトーンをいくつか落として、長山と呼ばれた男の周りにいた1人が話し始めた。
それを合図に、「お前も思い切ったな。」「ついにか!」などと、周りにいた他の数人の男達も次々と口を開く。
「なんだよ。佐伯にはこの間の稽古の帰りに話しただろ。」
長山は淡々と小声で答える。一方、佐伯と呼ばれた男はちらりと後ろを振り返る。そこには何やら談笑しながら防具を丁寧に片付けている薫と弥彦の姿があった。
「ついにお前も告白するのか~」
「今日言うんだろ?!帰りにだろ?!」
「何て言うつもりなんだ?!」
男達は口々に長山の周りを質問攻めで固める。その顔は、真面目な顔、焦る顔、からかう顔から様々だ。そんな男達に、長山は照れた苦笑いを浮かべながら質問に1つ1つ答えている。
「け、けどよ、」
そんな男達の中に佐伯の不安そうな声が割って入ってきた。
「なんだよ、佐伯」
男達の1人が佐伯を振り返る。
「薫さん・・・・婚約してるって聞いたぜ。あの赤毛の剣客と・・・」
「ぇ・・・・」
小さく消えたその声は、誰のものともつかず。佐伯のその言葉に、長山はもちろん男達の顔が固まる。そして一斉に薫のいる方向を振り返る。
「俺も今日、別の道場の奴から噂を聞いただけだから、本当のことは分からないんだけどよ、まだ祝言の日取りは決まってないとかで・・・・」
そう言いながら、佐伯も男達と同様に薫のいる方向を振り返る。
質問攻めの中心にいた長山は唖然としていた。心なしか青ざめているようにも見える。周りにいる男達の隙間からなんとか薫を見ようと背伸びやらあれこれ身体を動かしている。
丁度薫と弥彦は荷物を整え終えたところで、腰を上げ、立ち上がった。これから帰る様子らしい。ふいに薫の顔がパッと明るくなる。その目は真っ直ぐに道場の入り口を捉えていて・・・。
「剣心!」
薫の明るいその声と同時に、道場内にいた男達全員が道場の入り口に目を向ける。
赤い着物に白い袴。その腰には廃刀令の出た今の世では珍しい刀があり、夜風に揺れる髪は赤毛で・・・。‘赤毛の剣客’に間違いない。遠慮がちに入り口に立っていたが、彼の発する雰囲気にはどこにも隙がない。
「迎えに来てくれたのね。」
言いながら薫はスタスタと入り口へ向かう。
「おーうおう、〝旦那様"のご登場だな」
その後を一番弟子である弥彦が追う。
ニヤニヤ歯を見せながら呟いた弥彦の小さなからかいに、どうやら薫は気付いていない様子だ。
「遅くなると言っていた故、遅めに来た方なのだが・・・早かったでござるかな。」
少しはにかみながらも彼特有の穏やかな笑みは、薫が近づいてくる程深くなる。
「ううん。それよりも、ありがとう。」
そんな彼に、薫の顔はますます明るくなる。その笑顔は、長山や佐伯達に向ける笑顔とはまた違う・・・今までに見たことのないもので。
「見せ付けてくれるね~~」
弥彦のからかいは、今度は大きい。
「なっなによ」
薫は頬を染めて弥彦を振り返る。
「剣心、こんなブスの尻に敷かれねーようにな!」
「なっ、なんですってー!」
やがて、3人は道場内に向けて別れの挨拶をすると、荷物を抱え、帰って行ってしまった。
「やっぱり・・・薫さん、婚約したんだ・・・・」
「あーあ・・・いつの間にやら・・・だな」
唖然とその様子を眺めていた男達がようやく口を開いた。ぽつりぽつりと。
「・・・・長山・・・・」
未だ固まったままの長山に、佐伯が不安そうな瞳を向ける。やがて、長山は俯くと、深くため息を吐いた。まるでそれは、今まで唖然としていた抜け殻に、ようやく再び魂が戻ってきたようで。
「好きだとも言えないなんてな・・・・」
ぽつりと呟いた長山のその言葉に、どれほどの想いが詰め込まれているか、佐伯はそれを想うと何も言えなかった。
やがて、ばらばらと道場から人手が消えていく。壁に寄りかかったまま、俯いている長山に、佐伯は声をかけた。
「今日は朝まで飲み明かそうぜ。」
誰もいなくなった道場で、差し出された佐伯の手。その手を長山は強く掴んだ。
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あとがき。
第三者目線からの剣薫ということで。(笑)
題名の「8月の長い夜」は、TMNの曲から。題名は8月ですが、8月の設定ということでは特になく私的に、剣薫が結婚したのは人誅編が終わった秋~冬、もしくは春頃だと思っている(想像している笑)ので、この8月は季節の8月ではなく(紛らわしいことすなっ笑)
ということで(どういうことだよ)このTMNの「8月の長い夜」を聴いて、思いついたお話でした
最後の「好きとも言えないなんて・・・」は歌詞の『君に好きだとも言えなくて』からきています
どうしてもこれを言わせたかった持ってきたかった(笑)