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「大丈夫だって。そんな心配することじゃねーよ。」
弥彦が素振りをしながら、声を荒げた。
窓から差し込む淡い夕暮れの光が、弥彦の横顔を照らす。
神谷道場の床には、せっせと素振りに励む弥彦の長い影と、そしてそれと少し離れたところに、ちょこんと蹲った影が。
「・・・・はぁ・・・・」
膝に顔を埋め、高く束ねた長い髪がゆらりと揺れる。床に映ったその影をちらりと見ながら、弥彦も同じく溜め息を吐いた。
「お前さぁ、あの剣心が野垂れ死にするとか考えられるか?!」
「えっ、えっっ、縁起でもない事言わないでよ!こんな時にぃー」
ばっと顔を上げて、尚も素振りを続ける‘弟’をきっと睨む。その瞳は、わずかに潤んでいる。
「だろ。だから心配しねーでも、そのうち帰ってくるさ。あの剣心の事だ。誰かにやられるなんて、絶対ねーって。」
尚も素振りを続けながら、あっさりと返した弥彦に、今度は薫が声を荒げた。
「で、でも!でも!予定では3日後の昨日帰ってくるって剣心が言ってたのよ?!なのに、なのに・・・、今日になっちゃって。今日って4日目よ?!しかももう夕暮れ!4日が過ぎちゃうじゃないっ!何かあったって思えない方がおかしいわよっ!だいたい剣心は文の一つもよこしてくれないし・・・。もう、剣心ったら。あれほど書いてって言ったのに・・・」
「あー、はいはい。ようは夫婦のノロ気ね。」
さらりと発せられた弥彦のその言葉に、薫の顔はぼん!と音を立てるかのごとく、真っ赤になった。ばっと勢いよく立ち上がると、弥彦に指を指す。
「ちょっ、なっ!ノロ・・・ノロ気って何よ!そ、そそそ、そんな事じゃ・・・っていうか、あんたっ!さっきから筋が通ってないっ!もっとそこはこう・・・」
立ち上がった勢いはそのままに、ズカズカと弥彦の元へ行くと、薫は弥彦の背中を叩きながら、素振りを続けるその腕を掴んだ。
「ちょっ!イテっ!おいっ!いきなり腕を掴むなよ!ってか、お前が急に‘稽古に付き合えっ’て言い出したんだろ?!お前さっきから見学ばかりしやがって、休憩しすぎなんだよ!!さっさと素振り300回しやがれ!」
「う、うるさいわねっ!師範代に向かってなんて口聞くのよ?!だいたいね~、あんたはここが甘いのよここが!この前剣心に稽古つけてもらった時も、言われてたでしょ?!」
「っだーーー!!!耳元でガーガーうるせーーんだよっ!ってかお前、さっきから『剣心』『剣心』ってぇっ!『剣心』言い過ぎなん・・・・」
「しっ!」
一気に捲し立てていたところを、急に薫が止める。「ああ?」と言いながらも、静まり返った道場には、物音一つない。
何事かと、とりあえず言われるまましばらくじっとしていると、遠くの空から、烏の鳴き声が響いてくる。そして、その鳴き声に混じって、聴き覚えのある声が聞こえてきた。
「薫殿ー?いないのでござるかー?」
その声を聞くや否や、薫は弥彦から手を離し、すごい勢いで道場を出ていった。
「剣心っ!!」
その顔は、花のように明るく、思わず見惚れてしまう程だったが、同時に呆れた溜め息も付いてくる。
「はあー。まったく・・・・。」
「ただいま戻ったでござる。すまぬな。なかなか長引いて、遅くなってしまって。」
「ううん。おかえりなさい。疲れたでしょう?」
一人残された道場の床に、自分の長い影が淡く映っている。それをぼんやりと見つめながら、母屋の方から、二人の中睦ましい会話が聞こえてくる。
「まったく。世話の焼ける奴・・・・」
弥彦の影は、再び素振りを始めていた。
その‘表情’は影に映ることはなく。
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あとがき。
衝動的に書きました。
姉想いの弟は、いつも大変です。(笑)でも、何だかんだ言って、やっぱり姉達には幸せになって欲しいと心から思ってる。